津田直+原 摩利彦《トライノアシオト - 海の波は石となり、丘に眠る》(2022)

2022年8月27日(土)~2022年10月30日(日)
太田市美術館・図書館

[展覧会概要]
写真家・津田 直と音楽家・原 摩利彦が、群馬に現存する古墳を中心にフィールドワークし、共作で生み出したインスタレーション作品。


映画監督西川美和特別寄稿を含む作品集は左右社より発売中。

3D Archive

[楽曲解説]

1. 展示室1

 2022年春に綿貫観音山古墳に初めて訪れたとき、足元に生えていた無数の土筆が当時の人々のように感じられた。土筆は英語で「field horsetail」(馬の尾)という意味であり、弦楽の音楽がよいのではないかと思った。弦楽器の持続する音は、古墳のラインとも繋がっていく。

 ところで土筆の「ツク」という音にあてられる漢字は「築」、「着/付」、「尽」、「継」、「告」、「漬」などがある。近い音の言葉を列挙すると「ツカ」は「塚」、「遣」。「ツキ」は「月」や「坏」。「ツ」は「津」。中国語には「その声近ければその義近し」という原則があるようだが、どれも古墳とその周辺の言葉である。古代の人々が発していたものと近い音を今自分もこの口から出しているのではないか。このようにして古代と現代の時間の隔たりを越境しながら作曲していった。

《Sol》for 8 strings and electronics, 18min. (4.1ch version)

I: Dawn
II: Renge Farah
III: Somnium
IV: Before Dark

 本展覧会のために書き下ろした楽曲《Sol》は8人編成(バイオリン4名、ビオラ2名、チェロ2名)の弦楽器を中心に構成され、4部構成になっており、それぞれ「Dawn(夜明け)」、「Renge Farah(歓喜の踊り)」、「Somnium(夢)」、「Before Dark(黄昏)」という副題をもつ。

楽曲がG音(ソ)を中心に進行し、展示室1が夜が明けてから暮れるまでの時間をテーマとしているので、「太陽」を意味するラテン語「Sol」をタイトルとしている。

 開放弦の持続音が1音ずつ重なっていく(譜面上では古墳の輪郭のような緩やかな曲線を描く)ところから始まり、与えられた4音を演奏者が即興的に自由な速度で演奏し、それぞれの楽器の音は馬の群れのように動く。

 古墳時代と同時期のササン朝ペルシア(イラン高原を支配した王朝)から伝わるとされる「レンゲ・ファラー」(歓喜の踊り)の一節を引用。古墳を造っていた頃に同じ太陽の下で、はるか遠くのペルシアで人々が歌っていたものである。ササン朝ペルシアのガラス器は各地で発掘されており、歌も一緒に入ってきていたのかもしれない。

 展示室には4台のフルレンジスピーカーと1台のサブウーファーを配置した。いずれも本展覧会のために新たに製作されたスピーカーで、映画館の音響を担当している会社2社に機材提供、細かな音響調整を協力して頂いた。美術館での作品発表で新作スピーカーが入ることは珍しい。

作編曲: 原 摩利彦

バイオリン: 須原杏 、大嶋世菜、銘苅麻野、加藤由晃
ビオラ: 角谷奈緒子、中田裕一
チェロ: 関口将史、古川淑恵
録音: 原真人

協力: 岩崎和音、村中真澄

スピーカー製作:
株式会社イースタンサウンドファクトリー 佐藤博康、伊東秀明、関寿一、門沢秀美

機材提供・音響調整:
株式会社ジーベックス 河原常久、斉藤竜也、武田俊平

2. スロープ

《In our living memory》

 古墳に見られる埴輪の馬のフォルムは、在来種である木曽馬などをモチーフにしているといわれている。津田さんが木曽馬の里(長野県木曽町開田高原)を訪れ、木曽馬の鳴き声、鼻息、そして足音を録音。4つの小型振動スピーカーを窓際に設置した。

 

制作・編集:原 摩利彦
フィールドレコーディング:津田 直
協力:木曽馬の里

3. 展示室2

 夜の時間をテーマにした展示室2のサウンドコンセプトは「変換」である。同じ場所でも昼にみた風景は夜には姿をかえる。古代の人々は夜を異界と感じただろう。古代の夜は今よりももっと闇が深く、静かであった。

《Niht Wave》for 6 speakers

 石室内の夜はどんな音がしているのだろうと思い、綿貫観音山古墳石室内に一晩中モバイルレコーダーを置いて古墳内部の夜の音を録音した。確認するとほぼ無音の状態でかすかに車やバイクの音、朝が近くなるとヤマバトの声が入っているだけだった。

 天井から吊るされた6つのスピーカーから流れる音はこの「静寂の音」を素材にしている。特定の帯域を抽出し、音量調整と空間移動させることで波のようにも風のようにも聞こえる音になった。大陸からトライした人々や馬は遠く波や風の音を記憶しているだろう。

《Sol variation》monaural version

 「Neutone」というAI(人工知能)技術を利用した音響変換ソフトウェアを使用。入力された音が深層学習した音に変換される。展示室1の弦楽曲《Sol》の音を世界中の鈴や鐘の音を深層学習したAIに入力すると須恵器がぶつかりあったような硬質な音が鳴り、意図せず人の気配を感じさせるような音になった。

 展示室中央には吸音パネルで作ったトンネル(幅1.2m、奥2m、高さ2m)が置かれている。展示空間は音で満たされているが、このトンネルの中に入ると音が遮られ、前方の海の写真作品の方から音がやってくる。

制作・編集:原 摩利彦
フィールドレコーディング: 原 摩利彦
AI技術協力: 徳井直生(株式会社Qosmo)
機材協力: 株式会社静科

 展示室1を出てスロープを歩くと馬の足音が鑑賞者を追い抜いていく。弦楽の音は遠くなり、展示室2へ向かうと波のような音が近づく。遠くで馬の鳴き声がする。各展示室の音はゆるやかに交わり、美術館全体はひとつの音響空間となった。